佛通寺は、応永4(1397)年、沼田高山城主の小早川春平が、名僧愚中周及禅師を迎えて開いた日本屈指の参禅道場として知られる臨済宗佛通寺派の大本山です。往時は京都五山上位の南禅寺と同格に遇され、山内に88ヶ寺・末寺は全国に3,000ヵ寺に及ぶという広大な規模を誇っていました。応仁の乱後、荒廃し数回の火災に遭遇、隆景公の時代にやや再興するなど、幾多の興亡の歴史を経て今日に至ります。

参道脇には、永徳院・肯心院・正法院の塔頭があり、紅葉の頃には特に美しい風情があります。イヌマキの大木の際の巨蟒(きょもう)橋を渡ると山門・法堂・本堂・庫裡等の建物があります。対岸のうっそうとした杉木立の石段を登ると、開山堂と国の重要文化財に指定されている地蔵堂があり、創建当時のたたずまいが偲ばれます。ここには、かつて雪舟が滞在したと伝えられる篩月庵の跡地もあり、また、流浪の俳人山頭火は「あけはなつや満山のみどり」の句を残しています。

長く続く伝統と格式の佛通寺、多くの参拝客がこの地を訪れます。また春は新緑、秋は紅葉、雪がしんしんと降る中で観る佛通寺もまた美しく、その凛とした佇まいは、多くの観光客をも魅了し続けています。ぜひこの恵まれた自然環境と、歴史の息吹を感じて下さい。

佛通寺一帯は、自然環境に恵まれ、四季を通じて風光明媚な景色を楽しむ事が出来ます。特に紅葉時期の景観は素晴らしく、広島県内屈指の紅葉の名所として多くの参拝者や観光客が訪れています。紅葉時期には、黄色、朱色、赤色など色とりどり見事に色づきます。自然公園に指定されている佛通寺一帯を、見事な紅葉とともに、心静かに散策されてみてはいかがでしょうか。

紅葉の見頃を迎えると、佛通寺周辺は例年、大変混雑いたします。出来る限り、公共交通機関をご利用くださいますよう、お願い申し上げます。

備後国総鎮護・御調八幡宮は、神護景雲3(769)年、臣下の身で帝位を望んだ道鏡の野心を、宇佐八幡宮の神託を得て退けた和気清麻呂公が直諌の罪により大隅国へ流されたとき、姉法均尼(和気広虫姫)は備後国に配流されこの地に流謫(るたく)の身を留め、斉戒沐浴、円鏡を御神体として、宇佐八幡大神を勧請して清麻呂の雪寃を祈願したことを創祀とするといわれています。

宝亀8(777)年、参議藤原百川が社殿を造営し封戸を割いて社領に当てたといわれ、また、保元3(1158)、年の官宣旨により石清水八幡宮の別宮となり、八幡庄の鎮守神として、また備後総鎮護の神社として崇信され、往時は随分栄えた神社であります。天正年間には、豊臣秀吉が三原城に滞在中参拝し、境内に桜樹を手植えしたと伝えられ、広島県の天然記念物に指定されている権現作りの社殿や、国の重要文化財である木造狛犬及び古版木、阿弥陀経等多く保存されています。